「うっかり八兵衛」は物語の発端だ
テレビ時代劇「水戸黄門」は、1969年にスタート。黄門役に東野英治郎、助さん役に杉良太郎、格さん役に横内正、風車の弥七役に中谷一郎という布陣であった(第1部)。
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1970年の第2部からうっかり八兵衛役で高橋元太郎が登場。1971年の第3部から2代目助さん役に里見浩太朗が登場する。
ケーブルテレビやインターネットなど無い時代、私も家にいれば否応なくこの国民的ドラマを見る(テレビが1台しか無かった……)ことになったので、私にとっての「水戸黄門」はこのあたりの時代である。
その後長い間、「水戸黄門」を観ることは無かったのだが、TBSの「水戸黄門大学」というページには、2011年の第43部までの歴史が面々とつづられている。
ここに掲載されていないので「番外編」的な位置づけであるのかもしれないが、2017年からBS―TBSで武田鉄矢主演の全10話のシリーズがスタートした(2019年に第2弾10話)。ずいぶんコンパクトになって、もはや「国民的ドラマ」とは言えなくなったが、気になるのは「うっかり八兵衛」の姿が見当たらないことである。
うっかり八兵衛役は、高橋元太郎が第2部から2000年放送の第28部まで30年間にわたり演じたはまり役だ。その後、よろず屋の千太(三波豊和)、おけらの新助(松井天斗)、ちゃっかり八兵衛(林家三平)などが登場したが、読者の印象も薄いであろう。
つまり、売り上げが落ちた企業が「人員整理」をするようにうっかり八兵衛もリストラされたというところだ……
しかし、高橋元太郎が演じたうっかり八兵衛こそが、「水戸黄門」のドラマだけではなく、「ビジネス」の重要部分であると思える。
ドラマでは、うっかり八兵衛が水戸黄門一行と江戸時代の庶民を結びつける。同じように、ビジネスにおいてもうっかり八兵衛が、人脈づくりの鍵なのだ。優秀な黄門さまや格之進、助三郎がそろっていても、うっかり八兵衛が事件を持ち込まなければ物語は始まらない。実はうっかり八兵衛が黄門さまを連れてくるのが、物語の「核心」なのである。
3月28日の記事「これからの時代は『究極のアナログ人間』を目指すべき理由」で述べたように、「利益を生むのは人間だけ」であり、「人間同士のコミュニケーション」の優劣が企業収益に大きく影響する。
奇しくも高橋元太郎演じるうっかり八兵衛は21世紀に入って消えてしまったが、「(目先の)効率優先」でうっかり八兵衛を受け入れる余裕がなくなったことが日本経済衰退の原因であるようにも感じる。
人脈は「知っている」ことではない
ビジネスにおける「人脈」に関して勘違いしている人々をよく見かける。「人脈」とは「誰かを知っている」ということではないのだ。
よく、「どこのだれでも、7人ぐらいを介せばお目当ての人物にたどり着ける」という話を聞く。「本当?」と思うような話だが、この事実は郵便を使った実験で確かめられている。
米国のある都市の人物が、遠く離れた見知らぬ都市の人物を目指して、「その人物に最も関わりが深そうな人物に手紙を転送してください」と依頼すると、平均して7回くらいの転送でお目当ての人物に届いたのだ。
この事実は、現代社会は「人間同士のネットワークがどこまでもつながっている」ということを証明する。原始部族社会では、隣村でさえ「いつ襲ってくるか分からない恐ろしい敵」であり、ましてや山を越えた「向こうの世界」につながりなど無いのが当たり前であった。
しかし、逆に現代社会で「知っている」というのは「コモディティ―化」しているとも言える。
人脈は「濃さ」が重要
江戸時代に人々が村の外に出ることはほとんど無かったから、「人脈」は村の中にほぼ限られた。良くも悪くも、限られた人数の人々が朝から晩まで顔を突き合わしているのであるから極めて密である。
それに対して、現代では交通・通信手段の発達によって、日本中はもちろん、世界中の人々と「接触」が可能だ。もちろん多数の接触の中には「奇跡の出会い」もあって、急速に密な関係になることもあるが、大概はただ「接触」しただけの関係で終わる。
前述の手紙で言えば「転送」するだけに終わるということだ。
例えばフェイスブックの「友達」の上限5000人を超えている人々をしばしば見かける。確かにすごい数だが、5000人の「友達」のうちどれだけが「人脈」と言えるだろうか?
もちろん、フェィスブックの「友達」を友達としてではなく、「サポーター」、「フォロワー」として考えている人々も多いだろうが、そのような関係が「人脈」とはならないのは明らかだ。
また、会合やパーティーで、有名人の名刺をおもむろに財布から取りだして見せびらかす人がいる。もちろん、「私はこんな有名人と知り合いですよ」というデモンストレーションだ。
しかし、名刺交換など大概の人とできる。特に経営者や政治家などは、パーティーや会合で、名刺交換を断るなどという失礼なことはまずしない。「どこの馬の骨」とも分からない人々にも名刺を渡す。
有名人の名刺はネットで売られるほど出回っている。そのような「コモディティ」の価値はほとんど無いと言えるであろう。
自分が入れないクラブに入りたい
人脈づくりの難しさを端的に表現するのが「人間は『自分が入れないクラブ』に入りたい」という言葉である。
要するに「あなた様をお待ちしていました」と歓迎されるのはうれしいが、それよりも「自分が入会できないような『伝統・格式・権威、さらには権力』を持ったクラブ」に入りたいということである。
かなり昔だがディスコ(クラブ)で、黒服が入り口で入場客をチェックして選別(入場させない)するというところがあった。もちろんディスコも客商売なのだが、「選ばれた人だけが入場できる」ということで、自尊心を満たしたい顧客が殺到し繁盛したそうだ。
色々な「会」に参加して感じるのは、「会員拡大」と称して入会基準を緩め積極的に勧誘活動を行うと、長期的には会が衰退してしまうことである、むしろ、入会基準を厳しくして「私なんかが入会してもいいんですか?」と思わせた方が繁栄するのである。
「水戸黄門様御一行」はまさに、「伝統・格式・権威、さらには権力」を兼ね備えた集団である。
その特別な集団に江戸時代の庶民がアクセスする手段がうっかり八兵衛というわけだ。
ネットワーク同士をつなぐキーパーソンが重要
インターネットが発達したおかげで、人間のコミュニケーションの形を「通信記録」で可視化することが可能になり、研究が急速に進んでいる。
その過程で明らかになってきたのが、「ネットワーク」と「ネットワーク」のジョイントの役割を果たすキーパーソンの存在である。
例えば、500人のAという集団の中で情報がぐるぐる回っていても、それ以上はなかなか広がらない。しかし、A集団の中にB~Eまでの500人ずつの集団にも属する人物が存在すれば、500人×4グループ=2000人が一気に加わる。
現在、「インフルエンサー」という言葉が良く使われるが、これは例えばA集団の500名に対して強い影響力を持つ人のことである。逆にキーパーソンというのは、それぞれの集団の中での力はそれほど無いが、A からEというような多くの集団を結び付けるちょうつがいのような存在だ。
うっかり八兵衛はまさに、江戸時代の庶民と「黄門様御一行」を結びつけるジョイントだといえよう。
なぜ「うっかり八兵衛」なのか?
うっかり八兵衛が江戸時代の庶民にとって「有り難い」存在であることはわかりやすいと思う。
しかし、「黄門様御一行」がうっかり八兵衛をメンバーに加える理由はわかりにくいはずだ。
助さん格さん、さらには風車の弥七に比べたら「お荷物」としか言いようがないうっかり八兵衛は必要無いのでは? と若いころ思っていたし、前述のように武田鉄矢のシリーズでは実際に「リストラ」されてしまった。
確かに「これからの時代は『究極のアナログ人間』を目指すべき理由」で批判した、現在日本ではびこる四半期型・短期志向経営では、うっかり八兵衛など真っ先にリストラ対象であろう。
しかし、大事なのは、うっかり八兵衛は黄門様に可愛がられる「御一行様」の1人であることだ。
なぜ、水戸黄門は、うっかり八兵衛を可愛がるのか? それは、助さん格さんなどの「優秀な人間」が持たない長所があるからだ。
例えば、助さん格さん、風車の弥七などは、賭場など怪しいところには出入りしないし、もちろん事件にも巻き込まれない。しかし、それでは、水戸黄門の諸国漫遊の目的である「庶民の暮らしを知る」ことにも限界が出てくる。そこに、うっかり八兵衛の存在意義がある。
また、水戸黄門にとって「気の許せる唯一の相手」でもある。中小企業のオーナーは、うっかり八兵衛のような人材を抱えている場合が多いが、優秀な(自分の寝首をかくかもしれない……)幹部には言えないような話の相手になっているケースが多い。それと同じなのである。
密な信頼関係こそが人脈の基礎
もちろん、うっかり八兵衛自身の実務能力は高くないが「ネットワークのキーパーソン」としての意義は大きいのだ。
中小企業のオーナーも、うっかり八兵衛が持ち込んでくる玉石混交の「儲け話」を上手に見分けて活用しているケースが多い。ゴミの山のような話の中に、時々輝くダイヤモンドが混じっているのだ。
うっかり八兵衛が自分と価値観を共有できるかどうかということがポイントだ。自分が相手を値踏みしているのと同じように、相手も自分を値踏みしているのだ。相手が目先の金銭的利害を超えて、自分のために動いてくれるかどうかが重要と言える。
うっかり八兵衛は一般的な意味では優秀では無いが「性は善」である。「善」という価値観を共有するから、水戸黄門たちを動かすことができるのだ。
目先の利害に左右されない「本質的な信頼関係」こそが、人脈づくりのキーワードだ。
ただし、うっかり八兵衛には「生き筋」と「死に筋」がある。重要な人物との密な関係を持たない「死に筋」のうっかり八兵衛には気を付けるべきであろう。
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